2008年01月12日

篤姫(あつひめ)__07

これは「血統か聡明さか」の争いといわれ、あくまでも血統を重んじる将軍側近や幕臣などは、大老井伊直弼いいなおすけ/中村梅雀)の下に結束し、当時12歳の徳川慶福よしとみ/松田翔太)を推した。

また、内外の重大難局に際しては血統よりも「聡明さ」とする側は、水戸藩主徳川斉昭なりあき/江守 徹)を筆頭に、鹿児島の島津斉彬なりあき/高橋英樹)、土佐の山内容堂(ようどう)、仙台の伊達宗城(むねなり/森田順平)ら全国の有力藩主を中心に、当時20歳の一橋慶喜よしのぶ/平 岳大)を推した。
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